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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1347号 判決

原告

大澤貞男

ほか一名

被告

エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告大澤貞男(以下「原告貞男」という)に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告大澤節子(以下「原告節子」という)に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動二輪車を運転していて交通事故に遭つて死亡した訴外大澤晶(以下「亡晶」という)が生前被告との間で後記の保険契約を締結していたため、原告らが、亡晶の相続人として、被告に対し保険金の支払を求めたという事案である。

一  争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

亡晶は、平成三年五月二四日午後四時四五分頃、自動二輪車(車両番号・一神戸ね二三〇一、以下「本件車両」という)を運転して、兵庫県西宮市越水町三番一二号先国道一七一号線路上を走行中、訴外伊藤憲一運転のトラツクと衝突し、左大腿部広範囲挫滅創等の傷害を受け、同月二六日午後四時四〇分頃死亡した(以下「本件事故」という)(争いがない)。

2  (原告らの地位)

原告らは、亡晶の父母であり、同人の死亡の結果、相続により、それぞれ同人の地位を各二分の一の割合で承継した(甲一、三号証及び原告節子の供述)。

3  (本件保険契約の締結)

亡晶は、平成三年四月二七日、被告との間で、自らを被保険者として、要旨次の内容の自動車運転者損害賠償責任保険契約を締結した(以下同契約を「本件保険契約」といい、同保険の種類については「本件保険」ともいう)(争いがない)。

(一) 保険期間 平成三年四月二八日から平成四年四月二八日まで

(二) 自損条項 被告は、亡晶が本件保険契約所定の「借用自動車」の運転中に発生した交通事故により受傷し、その結果として死亡したときは、金一四〇〇万円を死亡保険金としてその相続人に支払う。

4  (被告の支払拒絶)

被告は、平成三年六月下旬頃、原告らに対し、本件車両が本件保険契約所定の借用自動車に該当しないとの理由によつて、右保険金の支払をしない旨を通知した(争いがない)。

二  争点

本件の争点は、本件車両が本件保険契約所定の「借用自動車」に該当するかどうかという点に尽きており、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(原告らの主張)

1 (主張立証責任の分配について)

本件保険の普通保険約款(以下「本件約款」という)第一章三条においては、同契約の対象とされる「借用自動車」の定義について、「記名被保険者がその使用について正当な権利を有する者の承諾を得て使用または管理中の自動車(自動二輪車を含む)」をいうとされ、同条但書では、そのうち、記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者と同居の親族が所有する自動車(中略)を除くものと定められている。

右のような条項の体裁からすると、記名被保険者が当該自動車の所有権を有する場合に限つて例外的に被告の責任を解除する趣旨と解されるから、本件保険契約に基づき保険金の支払を請求する原告らとしては、請求原因事実として、記名被保険者である亡晶が本件車両の使用について所有者として正当な権利を有していた仲島一男(以下「仲島」という)の承諾を得てこれを運転していた事実さえ主張立証すれば足り、原告らにおいて本件車両が亡晶の所有でなかつたことまで主張立証する必要はなく、被告において本件車両が亡晶の所有であつた事実を抗弁事実として主張立証すべきものであるといわなければならない。

そして、本件事故当時、亡晶が本件車両の所有者仲島の承諾を得てこれを運転していた事実自体は、立証十分であるといわなければならない。

2 (本件車両の売買契約の成否について)

次に、亡晶と仲島との間で本件車両の売買契約(以下「本件売買契約」という)が成立したかどうかであるが、次の各事実によれば、本件売買契約が成立していないことは明らかである。

(一) 亡晶は、平成三年三月二六日頃、高校時代からの友人である仲島から本件車両を受け取つたが、その頃に父親原告貞男に対し本件車両を購入してもよいかどうかについて同意を求めて反対を受けており、オートバイの購入には父親の同意が必要と考えていたから、仲島との間で本人同士だけで確定的に本件売買契約を締結することは考えられない。

(二) 仲島の証言中には、仲島としては、自分が購入した価額に修理費等を上乗せして金四、五万円程度で亡晶に売り渡すつもりで本件車両を同人に交付した旨を述べる部分があるが、これとても、代金額が明確に決定されたわけではなく、支払方法も亡晶に給与が出てからのちに支払うという程度のことであつて、現実には支払われなかつたし、また、本件車両の名義も亡晶に書き換えられてはいなかつたし、さらに、仲島自身、亡晶が余りに低い金額しか支払わない場合には本件車両を返してもらうこともあり得た旨証言しているのであるから、亡晶と仲島との間では、現実に代金決済がされたときに初めて、本件車両の売買が成立して所有権が移転すると考えていたとみるのが若年齢の当事者の意思に合致する。

なお、被告の担当者松藤久芳が本文を記載し、仲島がその内容を認める趣旨でこれに署名押印して作成された乙二号証の記載内容については、仲島の当裁判所における証言と食違いがある上、仲島自身、大まかな内容が合つていれば良いという程度の軽い気持ちでこれに署名押印した旨証言しているのであるから、全面的に信用すべきものではない。

(三) また、亡晶の日記においては、平成三年四月一四日欄に「仲島からXTをうけとつた」との記載があるが、真実、亡晶が仲島から本件車両を購入していたのであれば、「買つた」、「もらつた」というような記載になつているはずであり、右のように単なる本件車両の授受の事実だけを記載するというようなことは考え難い。

(四) さらに、亡晶は、自衛隊の伊丹教育隊入隊後間もない時期に、被告代理店との間で本件保険契約を締結したのであるが、同隊では、例年、五月の連休前に、所属隊員のうち私的時間に自動車を運転する可能性のある者全員に対して任意保険に加入することを半ば義務付けていたところ、本件保険契約も、被告代理店が同隊に出向いた上、各隊員に対し、順次個別の事情(例えば運転する自動車の種類、名義人が誰か等)を聴取して、各隊員の事情に合致した種類及び内容の保険を勧め、かつ、加入させた中の一つとして締結されたものである。

したがつて、右代理店が亡晶に対し例外的な種類の保険である借用自動車に関する本件保険契約を加入させたのは、亡晶から、同人の運転する本件車両が代金の支払の済んでいない第三者名義のものであることを聴取し、それが「借用自動車」に該当する旨判断したからであるというべきであつて、亡晶において、本件車両を自らの所有に属していることを認識していながら、殊更、例外的な本件保険を選択するというようなことは到底考えられない。

3 以上のとおり、本件では、亡晶と仲島との間で本件売買契約は成立しておらず、本件車両の所有権が亡晶に移転していないことは明らかである。

よつて、本件車両が記名被保険者である亡晶の所有に属するか否かについての主張立証責任の分配をどのように解すべきかという問題にかかわらず、本件車両は、本件保険契約所定の「借用自動車」に該当するというべきである。

4 さらに、被告は、前記2(四)で述べたように、その代理店が自ら亡晶に対し本件車両を借用自動車に該当するとの判断を示して本件保険契約を締結させておきながら、その後本件車両の権利関係について何らの事情変更がないにもかかわらず、本件事故が発生するや、本件車両は亡晶の所有であつたと一転して判断を覆し、同契約に基づく保険金の支払を免れんとしているのであつて、そのような被告の対応は、まさに禁反言の原則に反し、著しい背信行為であるといわなければならない。

(被告の主張)

1 (主張立証責任の分配について)

本件保険契約に基づく保険金請求においては、請求者が、「借用自動車」の運転に起因する事故により身体に対する傷害が発生した事実を主張立証すべきところ、借用自動車か否かについては、その定義規定である本件約款第一章三条によるべきであつて、同条本文所定の「記名被保険者がその使用について正当な権利を有する者の承諾を得て使用または管理中の自動車」であること並びに同条但書所定の記名被保険者が所有する自動車でないことが併せて主張立証されて初めて、「借用自動車」であることの主張立証がされたものというべきである。

これに対し、原告らは、同条但書を抗弁事実と解して、記名被保険者が所有する自動車であることを被告において主張立証すべきである旨主張するが、本件約款全体の構造からすると、同約款は、被告が損害填補責任又は保険金支払責任を負うべき場合に関する権利根拠規定と、これらの責任を負わない場合に関する権利障害規定とを明確に区別し、異なる条項においてこれらを各別に規定しており、原告らの主張のように権利根拠規定と権利障害規定が同一の条項内に混在することはないから、原告らの右主張は失当である。

2 (本件車両の売買契約の成否について)

(一) 仲島は、平成三年三、四月頃、亡晶がバイクを欲しがつていたため、同人に対し、代金約四万円で本件車両を売却することとし、右支払は亡晶に給料が入つてからのちにするということで合意し、本件車両のバツテリー交換を終えてこれを引き渡し、さらに、名義変更をしておくよう申し述べたのであるから、その頃、右両名の間で本件車両の売買契約が成立し、亡晶が右引渡しによつて本件車両を自己の支配下に収め、その所有権を取得したことは明らかであつて、本件車両は、本件保険契約所定の借用自動車には該当しない。

(二) 原告ら指摘の各事実に対する反論は、次のとおりである。

(1) 原告らは、亡晶がバイク購入について父親の同意を求めて反対を受けたことをもつて、亡晶に本件車両を購入しようとする確定的な意思はなかつた旨主張するが、同人は、もともと独立心が強く、既に自衛隊に勤務して自ら給与を得るようになつていたのであるから、父親の同意を本件車両購入のための絶対条件と考えていたとは考え難い。

(2) また、仲島は、当裁判所の証人尋問において、本件売買契約が成立していた事実について若干消極的な証言をするようになつており、乙二号証の作成に際し、本件車両を代金四万円で亡晶に譲り渡したことを明確に認めていたのとは相違する証言をしているが、これは、仲島自身の記憶が不鮮明になつたのと、右証言に当たつて、本件売買契約が成立していなかつたとされれば、被告から保険金が支払われることになるので、友人であつた亡晶の両親である原告らにとつて少しでも有利になるようにとの無意識の判断が働いたことによる可能性が高い。

(3) 原告らは、本件保険契約締結当時の事情につき、被告代理店が亡晶から本件車両に関する具体的事情を聴取した上で本件保険契約を勧めて加入させたことを前提とした上で、縷々主張するが、右代理店は、保険申込者から個別の事情を聴取するようなことはしておらず、安全講習ということで保険一般の説明をし、自家用自動車総合保険、自動車総合保険、自動車保険といつた一般の保険と本件の自動車運転者損害賠償責任保険(ペーパードライバー保険)の差異を説明して、各人に対しそれぞれ適切な保険の加入を勧めただけにすぎず、原告らの主張は、その前提において事実に反している。

また、本件保険は、自ら自動車を所有又は管理せず、日常的、継続的に自動車を運転することがない者が不特定の自動車を運転した場合の賠償責任を担保する特殊な保険であり、亡晶の締結した本件保険契約では年間の保険料は金三万〇六〇〇円であるのに対し、仮に、本件車両を被保険自動車として、本件保険契約と同一の条件で保険に加入するとした場合、自動車総合保険に加入することになるが、この場合の年間保険料は金二一万一二〇〇円となつて、保険料にも大きな差が出てくるのである。

第三当裁判所の判断

一  原告らの本訴請求は、本件事故の発生により、本件保険契約に基づき保険金の支払を求めるものであるところ、本件においては、本件車両が同契約所定の「借用自動車」に該当するか否かが主たる争点となつている。

ところで、右借用自動車の意義については、証拠(甲四号証)によると、本件約款第一章賠償責任条項三条においては、借用自動車とは、記名被保険者がその使用について正当な権利を有する者の承諾を得て使用又は管理中の自動車(中略)であつて、かつ、その用途及び車種が自家用普通乗用車(中略)、二輪自動車(中略)であるものをいうとされ、ただし、記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者が所有する自動車(中略)及び記名被保険者が役員(中略)となつている法人の所有する自動車を除く、と定義されていることが認められ、また、証拠(甲二号証の一・二)によると、本件保険契約においては、亡晶が記名被保険者とされていることが認められる。

そして、右条項の規定上、当該自動車が記名被保険者の所有に属する場合にはそれが借用自動車に該当しないとされることは明らかであるが、訴訟上の主張立証責任の分配に関しては、当該自動車が記名被保険者の所有に属しないことまでをも原告側で主張立証すべきなのか、あるいは記名被保険者の所有に属するということは抗弁事実として被告側が主張立証すべきなのかについては、右規定の解釈として、一応、見解の分かれるところであると思われる。

もつとも、本訴において、この点について、仮に後者のように関するのが相当であるとしても、被告は、本件事故当時、記名被保険者である亡晶が仲島との間の売買によつて本件車両を所有していた事実は明らかであると主張しており、この点についての立証は尽くされているとしているので、以下では、右主張立証責任の分配に関する判断はさておいて、まず、右事実の存否につい検討することとする。

二  本件売買契約の成否について

1  そこで、本件車両について、亡晶と仲島との間で売買契約が成立し、所有権が亡晶に移転したと認められるか否かについて検討する。

前記「争いのない事実など」の項において判示した事実と証拠(甲一号証、二号証の一・二、三ないし五号証、乙一号証の一、同二の一ないし三、二ないし六号証、証人仲島一男、同松藤久芳の各証言、原告節子の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 仲島(昭和四七年六月一三日生)は、高校三年生であつた平成二年六月、運転免許を取得し、その後、教習所で知り合つた教官大迫良浩(以下「大迫」という)から、同人が先に日下部浩一から購入していた本件車両(二五〇CC)を練習用として金三万円で買い受けたが、その際、登録名義の変更手続をしなかつた。

(二) その後、仲島は、同年秋頃、大迫の知人から、四〇〇CCの自動二輪車一台を購入し、さらに、平成三年三月頃にはもう一台自動二輪車を購入したが、もつぱら乗車していたのは四〇〇CCの自動二輪車であつた。

(三) 亡晶(昭和四八年三月四日生)は、平成三年三月に高校を卒業して自衛隊に勤務することになり、同月二八日頃から伊丹市所在の同隊教育隊に入隊したが、高校卒業間際の春休み期間中に運転免許を取得したため、自分のバイクを欲しがるようになり、高校時代の友人であつた仲島が訪ねてきた際に、本件車両を借りて運転練習をするということが二度あつたが、その際は、その日のうちに仲島が本件車両に乗つて帰つた。

(四) そして、仲島は、平成三年三月下旬から同年四月初旬頃にかけて、亡晶と話し合い、仲島が他に二台の自動二輪車を所有していたことなどから本件車両を亡晶に対し同人の練習用として売り渡すこととし、バツテリーの交換とエンジンオイル漏れの修理を施した上で引き渡すこと、売買代金については、仲島の前記購入価額に右費用金一万五〇〇〇円程度を加算した金四万ないし五万円程度とし、そのうちに亡晶に支給される給与の中から支払を受けてこれを決済することを合意した。

仲島は、その際、亡晶に対し、本件車両の登録名義の変更手続をしておくようにと付言したが、結局、この手続は取られなかつた。

(五) その後間もなく、亡晶は、仲島から、バツテリー交換と修理の済んだ本件車両の引渡しを受け、その後これを原告ら肩書住所地の自宅前に置いて保管していたが、伊丹市内の前記教育隊に入隊したため乗車する機会は余りなかつたところ、その頃、父親原告貞男から、本件車両の購入について、「中古車は欠陥があるかもしれないから、危険でだめだ。」と言われたことがあつた。

なお、亡晶の日記では、同年四月一四日欄において、亡晶が仲島から本件車両を受け取つた旨の記載がされている。

(六) 亡晶は、同月二七日、勤務先の教育隊において、被告代理店のヤマモトエージエンシーとの間で、他の隊員らと同一機会に、前記内容の本件保険契約を締結し、その際、年間保険料として金三万一〇〇〇円を支払つた。

(七) そして、同月下旬頃、亡晶は、原告貞男に対し、電話で、右保険加入の連絡等をしたところ、同原告から、「保険に加入したのであれば、バイクに乗つても良い。」との返事をもらつた。

なお、亡晶としては、将来、給与の一部を貯金して、希望する種類の自動二輪車を購入したいとの思いを持つていた。

(八) 亡晶は、同年五月二四日、本件車両を運転中、本件事故に遭い、同月二六日、死亡した。

その際、本件車両も大破したが、原告らと仲島との間で、本件車両の破損による損害の負担については格別の話合いがされていない。

以上の各事実が認められ、原告節子の供述中及び同原告作成の甲三号証の記載内容中、本件車両は亡晶が仲島から借りていたものにすぎないとする部分は、いずれも原告節子が自己の考えの結論を述べるだけのものにすぎないから、前掲各証拠に照らして、直ちに採用することはできないし、また、原告らは、乙二号証の記載内容についてその信用性に疑問があると主張するが、同号証は、前記仲島及び同松藤証人の各証言に照らすと、十分信用することができるから、原告らの右主張は採用の限りでない。

そして、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  以上に認定した事実関係によると、亡晶は、平成三年三月下旬から同年四月初旬頃の間に、仲島との間で、代金額を四万ないし五万円程度とし、その後間もない時期に給与の中から代金を支払う際に最終金額を決めるとの約定にて本件車両を買い受け、その引渡しを受けた上、その後は終始自らの支配下に置いて保管するに至つたということができ、これによれば、亡晶と仲島との間で本件車両についての売買契約が成立し、その所有権は仲島から亡晶に移転したものと認めるのが相当である。

なお、右認定のような代金額とその支払時期に関する約定であつても、売買契約の成立につき、何ら欠けるところはないといわなければならない。

3  右の認定に関して、原告らの前記各主張について検討しておく。

(一) 原告らは、亡晶が本件車両受領時に原告貞男に対しその購入の同意を求めて反対を受けたから、同原告の同意がない以上、未だ本件車両を購入する確定的な意思はなかつた旨主張する。

しかしながら、証拠(甲三号証)によると、亡晶は、自立心が旺盛であり、原告貞男には何となく距離を置くようなところがあつたことが認められ、また、亡晶は、仲島から本件車両を受け取つて原告ら自宅前に保管したのち、勤務先の自衛隊において自ら本件保険契約を締結し、さらに、そのことを原告貞男に連絡した際には、同原告からバイクに乗つても良い旨の返事を得ていることは前記認定のとおりであるところ、これらの各事実を総合して考えると、亡晶は、本件車両の受領から付保に至るまでの間自己の判断で次々に行動しているのであつて、本件車両の購入を決めるに当たり、原告貞男の同意を絶対的な条件と考えていたとは認め難いし、さらに、原告貞男自身、付保によつて、亡晶による本件車両の乗車には同意したというのであるから、その購入について最後まで反対し続けていたとするにはなお疑問の余地があるといわなければならない。この点については、むしろ、証拠(原告節子の供述)によると、原告貞男は、亡晶が他人所有のバイクに乗るのは反対であるが、自己の購入したバイクに乗るのは良いとの考えを有していたことが窺えるのである。

以上によると、原告らの右主張は、直ちに採用し難いといわざるを得ない。

(二) 次に、原告らは、仲島が亡晶の支払う金額が余りに低い場合には本件車両を返してもらうこともあり得たと証言している点をとらえて、仲島においても、現実に代金決済がされるまで、亡晶に対し本件車両を確定的に売り渡す意思がなかつた旨主張する。

しかしながら、亡晶と仲島との間で本件車両の代金額として金四万ないし五万円とすることがいつたん合意されたことは前記認定のとおりであり、仲島の右証言部分も、万一、亡晶の支払う金額が原告ら主張のような低額になつた場合については、本件売買契約を合意解除して本件車両の返還を受けるというような趣旨を述べたにとどまるものと理解することもできるのであり、そらに、仲島自身、五〇〇〇円や一万円程度の減額であれば、友人であるからその額でも良いと証言しているのであつて、そのような同人の他の証言部分及び乙二号証の記載内容に照らすと、原告らの指摘の右証言部分だけを特別に取り上げることは相当でないから、仲島において、現実に代金決済がされるまで亡晶に対し本件車両を確定的に売り渡す意思がなかつたとすることはできない。

したがつて、原告らの右主張は採用できない。

(三) そのほか、原告らは、本件売買契約が成立していない事情として、亡晶が代金の支払をしていないこと、本件車両の登録名義の変更手続がされていないこと、亡晶の日記には本件車両を受け取つたとだけ記載されていて、購入の事実を窺わせる記載のないことなどを指摘するが、これらの事実はいずれも前記のようにそのとおり認定できるところではあるが、前記認定の事実関係を対比して考えると、それ自体、必ずしも本件売買契約の認定を妨げるに足りるだけの事実とはいい難いものであるから、これらの事実をもつてしても、未だ前記認定判断を覆すには足りないというべきである。

(四) さらに、原告らは、本件保険契約締結に当たり、被告代理店(前記ヤマモトエージエンシー)が、亡晶から、同人の運転する本件車両が代金の支払の済んでいない第三者名義のものであることを具体的に聴取したからこそ、亡晶による本件車両の運転に合致するものとして、例外的な保険である本件保険を勧め、同人も本件保険契約を締結した旨主張し、原告節子の供述中及び甲三号証の記載内容中には一部これに沿う部分がある。

(1) ところで、証拠(甲二号証の一・二、三号証、前記松藤証人の証言、原告節子の供述)と弁論の全趣旨によると、原告の入隊した自衛隊教育隊では、自動車を運転する若い隊員に対して任意保険の加入を促しており、出向いてきた保険会社代理店が隊員に対し保険の種類や内容、特に一般の自動車保険と本件保険との差異等を説明するとともに、保険加入を申し込む隊員との間で団体扱いにてそれぞれ保険契約を締結する例になつていることが認められる。

(2) しかしながら、右代理店が本件保険契約の締結に当たり亡晶との間でどのようなやりとりをし、亡晶が本件車両についてどのような説明をし、どのような考えから本件保険を選択したかについては、以下のような事情に照らすと、本件証拠上、これを原告ら主張のような経緯であつたものと直ちに断定することはできないといわなければならない。すなわち、

前記認定の事実関係によると、亡晶は、本件保険契約締結当時、本件車両を置いていた原告ら自宅から離れた伊丹市内の前記教育隊に入隊して生活しており、本件車両に限つてのみ運転するという状況にはなかつたことが認められるし、また、証拠(甲二号証の一・二及び乙七号証)によると、仮に、亡晶が被告との間で本件車両を被保険自動車として本件保険契約と同一の条件で一般の自動車保険に加入しようとした場合、自動車総合保険に加入することになるところ、この場合の年間保険料は金二一万一一八〇円程度(ただし、団体扱いではない。)となつて、本件保険契約の場合の前記年間保険料金三万一〇〇〇円を相当上回ることになることが認められる。

これらの各事実を総合すると、亡晶が、本件車両以外に、他の隊員ら友人所有の自動二輪車等不特定の車両を随時運転する可能性があること及び保険料の負担額のことなどをしん酌した結果、自らの判断によつて本件保険を選択したということもあり得ると推認できるから、亡晶が本件保険を選択したという事実をもつて直ちに原告らの右主張を裏付ける決め手とみるにはなお不十分といわざるを得ず、これによれば、前記原告節子の供述部分及び甲三号証の記載部分によつて原告らの右主張事実を肯認することはできず、他にこれを認めるに足りるだけの的確な証拠はない。

(3) そうすると、原告らの指摘する本件保険契約締結当時の事情を前提とした主張は、すべてその前提において理由がないことに帰着するから、その余の点について判断するまでもなく、採用できない。

4  以上に述べたところからすると、原告らの前記各主張は、いずれも、亡晶と仲島との間で本件車両についての売買契約が成立したものとする前記認定判断を左右するには至らないといわざるを得ない。

よつて、亡晶は、本件事故当時、本件売買契約によつて仲島から本件車両の所有権を取得していたものというべきである。

三  以上によると、本件保険契約における「借用自動車」の定義に関して、仮に、原告ら主張のとおり当該自動車が記名被保険者である亡晶の所有に属していた事実を被告側において主張立証すべき抗弁事実であると解したとしても、本件では、右抗弁事実の立証がされたことに帰着すべきものである。

それゆえ、前記一でみた主張立証責任の分配についての判断のいかんにかかわらず、本件車両が本件保険契約所定の借用自動車に該当すると認められないことは明らかであるから、原告らの本訴請求は、結局、理由がないといわなければならない。

四  よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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